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2004年から2009年まで更新していたブログ「今週のすぎやん」の内容を抜粋・修正し、ブログには書ききれなかった作者の思いや後日談なども新たに書き下ろしたエッセイ。

最近思うこと。

考える人 近況報告
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40年後の答え合わせ。

最近、1980年~2000年代くらいの音楽を耳にする機会が増えました。
テレビでもよく特集されるし、サブスクの影響で、今の若い人たちが当時の音楽に親しみ、時にSNSを通して踊ったり歌ったりして、楽しんでいるらしいです。

私の十代は、70年代から80年代。
ピンク・レディーが大好きで、彼女たちが解散後は聖子ちゃんにどっぷりはまり、雨後の筍のように次々にデビューしてきたアイドルたちの曲、さらに、ニューミュージックと言われたジャンルの音楽を、テレビやラジオで聞いたものです。

テレビでは、「ザ・ベストテン」「夜のヒットスタジオ」「ザ・トップテン」などの生放送番組の他にも、多くの歌番組が放送されていました。
特にランキング番組では、トップアイドル・昭和色満載の歌謡曲・演歌歌手、ニューミュージックやロック歌手など、ジャンルの違う歌手たちが集い、まるで異種格闘技戦のような様相。
深夜には、洋楽だけを聴かせる番組もありました。

多種多様な音楽をシャワーのように浴びることができた、濃厚で濃密な時代だったと思います。

でも、特にアイドルの曲は、当時の親世代はなかなか受け入れてくれませんでした。

昭和歌謡や演歌で育ってきた私の親も、「アイドルの歌は下手くそで聞いてられへん」「何を歌っているかわからん」「ふらふら踊ってんと、ちゃんと立って歌え」「皆、同じ顔してる」などとぼやき、居心地の悪さを感じた記憶が残っています。

どうして大人は、そんなに頑ななんだろう、アイドルの曲だっていいものがいっぱいあるのにと、当時の私は思っていました。

時代は巡り、私たちの親世代が認めてくれなかった曲たちを、今の若い人たち、さらに世界の人たちが価値を認め、心から楽しんでくれていることが、本当にうれしいです。

こんな時代が来るなんて、思いもしませんでした。
親たちは認めなかったけど、私の選択は間違っていなかった、好きでよかったんだ、という答え合わせが、40年以上経ってできた気がしています。

東京と大阪。

大阪で生まれ育ち、大阪以外の場所で暮らしたことも働いたこともない私にとって、東京は未知の場所。

大阪で生まれ育ち、東京で暮らしたり働いたりしたことのある人にとっての「東京」「大阪」ってどんな場所なんだろう。
そんな好奇心から、「様々な条件や事情は横に置いといて」という言葉とともに、経験者に質問するときがあります。

現在大阪住まいの人には、「チャンスがあれば、東京に住みたい?」
現在東京住まいの人には、「チャンスがあれば、大阪に戻りたい?」

東京で働いていたが、30代で帰阪、現在も大阪在住の親戚(男性)。

答え:即答で「行きたい。住みたい」
理由:大阪がそれほど好きではない。東京ほど賑やかで便利ではないし、地方ほどのんびりゆったりしているわけでもない。何か中途半端だから。事情が許せば東京に戻りたい。

彼は、「東京暮らしは楽しかった」「お金さえあれば、何でも手に入るのが東京だ」と言ってました。
ずっと東京で働きたかったのに、様々な事情と、親の強い希望で帰阪せざるを得なかった彼。
未だに昇華できない思いを抱え込んでいるんじゃないかなあって、「東京に戻りたい」という言葉を聞いて思いました。

20代の頃、会社の意向で、平日は東京で働き、週末に帰阪する生活をしていた、私のダンナ。

答え:即答で「行かへん」
理由:東京は住む所ではなく、仕事をしに行くところだから。

東京では、会社の寮のようなところで集団生活していたそう。それなりに楽しかったようですが、当時から「ずっと住む場所」だとは思わなかったとのこと。
「仕事があれば行くけど、住もうとは思わん。それに今は、東京の物価、高すぎるわ。めちゃくちゃや」とつぶやいてました。

ご主人の仕事の都合で、30代で東京に移住、現在も東京在住の、私の友達。

答え:一瞬考えた後「戻りたいかなあ」
理由:大阪の方が、おいしいものが多いから。

移住から既に30年近く経過、彼女にとっての大阪は「遊びに行く場所」になりました。
食いしん坊な彼女ならではの言い方に笑ってしまったけど、すっかり東京に根を下ろした感じがする彼女にも「大阪に戻りたい」という思いがあることに、少し驚きました。

たったひとつの質問で、彼らのこだわりや価値観、人生の背景まで垣間見え、会話も広がり、とても興味深かったです。

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