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2004年から2009年まで更新していたブログ「今週のすぎやん」の内容を抜粋・修正し、ブログには書ききれなかった作者の思いや後日談なども新たに書き下ろしたエッセイ。

ビッグモーター騒動と、トド社長

ブラック企業 旧ブログ・旧HP記事の復刻
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例の「ビッグモーター騒動」では、半ば脅迫めいた恫喝で従業員を萎縮させる上層部の実態が明らかになったが、同様の騒動は過去に何度も発生している。
こういった騒動を見聞きすると、私は決まって「ある人」を思い出す。

私が過去に正社員として勤務した会社は、4社。
「ある人」とは、3社目に勤務した、ゼネコン系の小さい会社の社長さん。通称「トド社長」。

入社日が初対面だったが、第一印象は、「スケベそうな顔したおっさんやなあ」だった。
でっぷりと太っていて、まるで脂肪の固まりのような体型だった。
本物には非常に失礼なのだが、まさに「トド」のよう。

「よろしくね」と笑顔を浮かべながら、トド社長は握手を求めて私に手を差し伸べてきた。
握った手は、なま暖かくて、ごっつくて、ぶにゅっとしてて、ちょっと気持ち悪かった記憶がある。

コンプライアンス、ブラック企業、セクハラなどといった言葉が世の中になかった、今から30年以上前、まだ私が20代後半だった頃のできごとである。

贈答品波状攻撃

この会社は、「仕事以外の雑事」がものすごく多かった。定時で帰れるなど、めったにない。
雑事の代表的なものが、贈答品波状攻撃。

トド社長は、盆暮れの付け届けだけではなく、春はタケノコ、夏はそうめん、秋は柿や松茸といった、四季折々の食べ物を得意先に贈ることを習慣としていた。
それはもう、すさまじかった。

4月に私が入社してすぐ、「タケノコが始まる」というおふれが回った。
何が起こるのかさっぱりわからず、目を白黒させているうちに、トド御用達の百貨店から、タケノコが山のように届けられたのである。

運ばれてきたタケノコは、社内にある接客用カウンターに一列に並べられる。そしてトド社長が直々に、どのタケノコを、どの得意先の、どの人に贈るかを、真剣に吟味・選抜していく。
めでたく選抜されたタケノコは、内勤社員の手で籠に盛りつけ、米ぬかなども添え、トド社長が決めた方法で梱包される。長年在籍する社員たちの、梱包の手際の良さといったら。

その後、一部の社員が手分けして、百貨店の社員になりすまし、送り先全てに電話を入れる。
「こちらは○○百貨店でございます。××会社様からのタケノコをお届けしたいのですが、いつご在宅でしょうか?」

電話口の相手は、百貨店の店員だと思い込んでいるので、本音を言う人もいるそうだ。
「えー、またタケノコ?」って。

そして、送り先のスケジュールに合わせて、梱包されたタケノコは出荷されていく。

つまり、商品の選別・梱包・発送を百貨店に任さず、全て社内で行っていたということ。
それも、通常業務の合間に。

秋になると、物が松茸に代わるだけで、後はまったく同じ内容の騒動が展開される。

大量に余る、盛り付け用の籠や米ぬかやスダチなどは、トド社長から「持って帰りたまえ」とのありがたいお言葉を頂ける。
しかし、タケノコや松茸が余っても、社員に分け与えることは絶対になく、全て自分が持ち帰っていた。

トド社長が得意先を訪問する時や、お客様が来社された時は、手土産の準備もある。
トド社長の独断による得意先のランクによって違うのだが、これも大体食べ物で、京都の有名処の和菓子や最高級特上牛肉などが多かった。
「特上スキ1キロ(特上のすき焼き肉1キロ)」という隠語が、社内を飛び交う。

ワンパターン

トド社長が選ぶ手土産や季節の贈答品は、判で押したように、決まった店の、決まった物である。
そして食事する所も大体決まっていて、決まったものしか食べないらしい。

トド御用達ホテルにある料理屋で、新人の店員さんが、トド社長にメニューを差し出したことがあったらしい。トド社長はその店員さんにこう言ったとのことだ。
「僕にメニューを出した人なんて、初めてだよ」。

社員旅行の行き先も大体決まっている。
私が入社した年は金沢だったのだが、「金沢に行くならここ」という感じで、ホテルも訪問先も何もかも、毎回同じらしい。

旅行前には、大量のジュースやアルコール飲料、お菓子やパンや果物を買い込む。
出発前に、内勤社員が手分けして、缶飲料はすべて洗い、果物はすぐに食べられるように準備しなければならなかった。
もちろん、通常業務の合間に、だ。

目的地に向かうバスの中、ホテルでの宴会中、次の日の朝食時、それらがどんどん配られる。
まさに「食え食え攻撃」である。

夜の宴会は、通常3次会まで続き、2次会はホテル内のクラブでのカラオケというのも、毎回同じだそうだ。
1泊2日の社内旅行なのに、トド社長は数百万円の現金(もちろん会社のお金)を持参し、いろいろな人にばらまく。実際にお金を持ち歩く経理の女性は、気遣いで疲れ切っていた。
お金を手にしたクラブの支配人やホステスさんたちは、トドの回りでひざまずく。他のお客さんもたくさんいるのに、カラオケの順番が回ってくるのが早くなる。

汚いお金の使い方をする人だなあと、ものすごく嫌な思いを抱いた記憶が残っている。

トドの火砕流、そして、女。

トド社長は夜行性。昼間、大きないびきをかいて、事務所内で昼寝をしていることもよくあった。
ボーナス査定の時期になると、総務のおじさんと、経理の女性を、真夜中過ぎまで引き留める。

トド社長の机の上には、社員が作成した書類やリストなどが山積み状態だった。でも、トド社長がそれらを確認するのはおろか、自席に着席している姿すら、私は見たことがない。
最重要書類は、社の上層部社員からトド社長の手元に直接届き、それらの処理は接客室で行うのが常だった。

「真心をこめて仕事をしろ」が、トド社長の口癖だったが、彼が真心をこめるのは、タケノコや松茸を吟味することだけだったのかも。

何より社員を困らせたのが、大声での恫喝。別名「トドの火砕流」。
自分の気に入らないことがあると、顔を真っ赤にし、大きな声で怒鳴り出す。まるで子供がだだをこねるような発狂ぶりだった。
「貴様、貴様」と連発し、時には物を投げたり、社員に暴力をふるったりすることもあった。

とにかく一度火がつくと、気が済むまで怒鳴らせておくしか方法はなかった。

秋には、「家族会」と呼ばれるイベントがあった。
「日頃の疲れを癒すべく、遊んできなさい」とのトド社長のありがたい御心で、社員及び社員の家族が会社に集結、お小遣いが渡され、決められた遊園地に移動して1日を過ごすというもの。

夕方、トド社長が待つ会社に全員が戻る。
彼が待っているのは、無事に戻った社員たちではない。社員及び家族一同からいっせいに大声で「社長、本日は誠に、ありがとうございました!」と、角度90度のお辞儀とともにお礼を言ってもらい、悦に入るのを待っているのだ。
この「お礼イベント」がなければ、「トドの火砕流」が発生する。

そのうえ、私の第一印象通り、トド社長はスケベ親父だった。

目を付けた女性社員を用事もないのに呼びつけて、傍にはべらせる。髪の長い女性が好みのようで、髪の毛を触られた社員もいた。
その女性が自分になびかないとなると、手のひらを返したように彼女に冷たくあたり、部下に命じて退職させるように画策する。
私が在職中にも、そのような経緯で退職した女性社員がいた。

トド社長は既婚だったが、複数の彼女が存在した模様。
当時は携帯電話は存在しなかったので、事務所内にトド社長と彼女との専用電話が設置されていた。受話器を取っても良いのは、トド社長のみ。
それを逆手に取り、社員がこっそりその専用電話に電話し、トド社長が受話器を取る寸前で電話を切る、といういたずらをすることもあった。

8ヶ月で退職。

そんな会社なので、特に内勤社員は長続きしない。
1ヶ月に1~2人の割合で退職していき、また新しい人が入社してくる。入社1日で退職した人もたくさんいた。得意先から、「またあんたとこ、新聞に求人出してたな」と、嫌みを言われることもあった。
入社して半年後には、私は内勤社員の古株となっていた。

トド社長が社内にいるときは、火砕流を発生させないように、みんなが息を潜めていた。
トド社長が出張で、絶対に帰社しない日だと、普段の極度の緊張感の反動で、内勤社員全員が壊れ、事務所内はお祭り騒ぎだった。

入社して8ヶ月、日々のストレスが原因で激太りし、精神的な疲労がピークに達していた12月のある日、トド社長に小判鮫のように付き従っていた社員が、女子社員たちにこう言い放ったのだ。

「この会社では、社長が『白』と言うたら、世の中が『黒』と言うてても、『白』なんや。それが嫌やったら、この会社をやめろ」

その日の内に、私を含めた3人が退職願を提出し、次の日退職した。

ビッグモーター騒動に思うこと。

報道で伝わってくる、ビッグモーター上層部の恫喝や、脅迫めいたLINEは、トド社長の火砕流と全く同じ構造だ。
ビッグモーターも、上層部の火砕流を引き起こさないために、部下が先回りする。その先回りの最たる行為が、除草剤だったのだと思う。

周りの人間を萎縮させることで、自分の思い通りに人を動かそうとしていたのだろうが、むやみやたらに恫喝する事は、自分が小物だと吹聴しているのと同じ事だ。

いったい何がきっかけで、他人が自分の思い通りになると、人は勘違いするようになるのだろう。
強引な力で人を押さえつけようとすれば、後々必ず自分自身も、強引な力で排除されるのに。

ビッグモーターは、数千人の従業員を抱える胆力を持ち合わせないまま、欲を出して、身の丈以上に会社を大きくしすぎてしまったんだろうな。
創業者親子は、所詮、「お山の大将」的な経営者でしかなかったんだよ。きっと。

ちなみに、トド社長の会社は、私が退職した数年後に移転、それから数年後には会社を畳んだようだ。
倒産したのか、自主廃業なのかはわからない。

きっと、最終的に、社員にもお金にも裏切られてしまったんだろうな。

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